ウエスト症候群のムスコの発症から発作消失までの記録

ウエスト症候群・発達

ムスコは、0歳5ヶ月の終わりにウエスト症候群(点頭てんかん)と診断されました。
一度発作が治まっても、再発することも多く、およそ9割に何らかの発達遅滞が見られるというこわい病気です。

私自身、ムスコの病状や発達の経過を見守る中で、ほかのウエスト症候群の子どもを育てる方のブログにとても励まされてきたので、私もどなたかの参考になればとムスコの成長の記録を残したいと思います。

発症から診断まで(0歳5カ月)

「ぷすん」と鼻を鳴らす音をはじめて確認。
変なくしゃみだなと思ったものの、あまり気に留めませんでした。

しかし翌日、主人が異変に気付き、「昨日からやってるよー」と言ったものの心配に。
ふと「発作」というワードが思い浮かび、スマホで色々検索した結果、そこで検索して出てきたウエスト症候群の発作動画が、息子の様子によく似ていました。
一気に血の気が引き、翌朝主人に動画を見せると、主人は、「これは違うと思う」と。
でも、私は妙な不安が消えませんでした。

複数の病院を渡り歩き、誤診の危機を乗り越えてやっと専門医を受診。(くわしくはこちらの記事をご覧ください)

ウエスト症候群の疑い濃厚ということで、週明けに脳波検査の予約を取ることができました。
脳波検査の翌日がハーフバースデーの記念日。
週末に一足早いハーフバースデーを祝いました。
ちょっとおめかしさせて、写真を撮りましたが、息子は始終大泣きで不機嫌で、笑顔の写真が一枚も撮れませんでした。

きっと、ウエスト症候群のせいで不機嫌になっていたのでしょう。

脳波検査の日はまさかの大雪。
検査の結果、ウエスト症候群特有の脳波に完全ではないがなりかけているとのことで、そのまま入院することに。
今後の治療について、主治医から話があり、リスクはあっても少しでも普通の生活を送れる可能性を求めたいという私たちの希望で、ACTH治療を行うことが決まりました。

入院から退院まで

息子の入院した病院では、付き添いの保護者は泊まり込みができません。
ペーパードライバーの私は、毎日片道1時間かけて病院に通いました。

これから、この子はどうなっていくのだろう。
なんでこんなことになっちゃったんだろう。
長女の生活にも影響が出るのだろうか。
仕事は、続けられるのだろうか。
保育園は入れるのだろうか。

不安は止まることなく溢れてきました。

入院直後から、息子はめっきり笑わなくなっていきました。

反応自体が乏しく、面会に行っても「ママが来てくれた」という様子もなく、特に変化がありません。
注射などもたくさんするのですが、怖がる嫌がるなどの反応も乏しいのが、かわいそうで仕方ありませんでした。

笑わず、寝てばかりの息子の面会に行くのは精神的にとてもしんどく感じました。
私が行ってあげたところで、息子は特に喜んだりもしていないと感じてしまい、何度泣いたことかわかりません。

検査の際に、「ママは顔が見えるところにいて安心させてあげて」と看護師さんに言われた時も、この子は私がいるから安心なんて感じてないんだろうなと無力感とか、必要とされていると感じられないことが悲しくなる程でした。

それでも、息子は完全母乳で育ってきたため、入院後は搾乳した母乳を冷凍して毎日届けていました。
ミルクも病院では飲むようになってはいましたが、病院では母乳を飲ませてくれて、保育園の連絡ノートのような入院した子供用の連絡ノートがあって、そこに看護師さんから、「お母さんの母乳を美味しそうに飲んでいました」と書いてあるととても嬉しく感じました。
(看護師さんからの心遣いだったのだと思います)

笑わない、ママを求めない我が子に、面会した時に授乳することと、搾乳した冷凍母乳を届けることが私の面会の心の支えでした。

主治医から予後について説明された、「多少勉強を理解できないかも」とか、そんなのはいいから、せめて笑って、話せるようになってほしい。
自分が後厄だったので、病院帰りにお祓いに行き、お守りを買って天に祈ることしかできませんでした。

街で抱っこ紐やベビーカーで子供を連れて歩くお母さんたちを見ると、なんでうちの子は私の手の中に今いないんだろうと胸がスースーするような感覚でした。

毎日、四六時中一緒でたまにひとりで買い物に出かけたりする時は、子供を抱っこしていない時間はなんて身軽なのかしらと足取り軽く歩いていたのに。
当たり前の日々なんて、手からこぼれ落ちてから尊さを実感するものだと痛感しました。

ACTH治療開始

先生方の対応も早くしていただいたおかげで、ACTHの治療もスムーズに開始することができました。
入院してから目立った発作は確認できませんでしたが、上の子もいるので面会できる時間が限られています。

病室も誰もいないことが多く、うちの息子は特にあまり泣かなかったので、看護師さんの巡回もそんなに頻繁ではありませんでした。
なので、あくまで見ている限りは発作は見られないという状態が続きました。

ACTH治療が順調に進む中、感染症の時期になり、小児病棟は危険(ACTH中に感染症にかかって中断になるのを避けるため)ということになり、産婦人科と併設の別の病棟に移ることになりました。

その頃から、息子に少しずつ変化がみられるようになってきました。

今までは個室でしたが、そこは大部屋で、ほかにほとんど他の患者さんはいなかったものの、ナースステーションと近かったので、通りかかる看護師さんたちが声をかけてくれたようです。

そのせいもあってか、少しずつ息子は笑うようになり、看護師さんたちのアイドルになっていると言ってもらえるようになりました。

面会に行って、スマホのムービーの起動音でなぜかニコッと笑う息子を私たち夫婦はムービーで撮りまくりました。

ウエスト症候群には原因が分かる症候性のものと、原因がはっきりとわからない潜因性のものとがあります。
潜因性で、かつ治療の開始が早いほどACTHの効きが良いということでしたが、息子はこれに当てはまり、ACTH治療の効果がしっかりと確認されました

退院

発作の再発も見られず、順調に治療は終わり、入院から1か月すこしして退院することになりました。
まずい薬を毎日飲まないといけなかったり、再発や発達の不安はあるものの、やっと家族で過ごすことができるようになったことがうれしかったです。

それもこれも、早期発見早期治療が受けられたおかげ。

記事を書いている時点でムスコは3歳ですが、現在も再発なく笑顔で元気に過ごしています!

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